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浦和地方裁判所 平成4年(ワ)1679号 判決 1996年3月22日

原告

片山正志

右訴訟代理人弁護士

佐々木新一

奥村一彦

被告

株式会社藤島建設

右代表者代表取締役

渡邊弘美

右訴訟代理人弁護士

須田清

間中彦次

内藤寿彦

高木孝

主文

一  被告は、原告に対し、金三三二一万六〇九五円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成四年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、平成二年二月五日午前一一時三〇分から四五分までのころ、鳩ヶ谷市三ッ和二丁目一一番一、二号上村尚市邸新築工事現場(以下「本件現場」という。)一階屋根の上において、一階屋根の垂木に破風板を打ち付ける作業に従事していた際、約三メートル下の地面に墜落した(以下「本件事故」という。)。

2  事故の結果

(一) 原告は、本件事故により、第一一胸椎脱臼骨折(脊髄損傷)の傷害を受け、その結果、両下肢まひ、知覚脱失の後遺障害(自動車損害賠償保障法施行令別表第一級相当)を負うに至った。

(二) 原告は、右傷害等のため、平成二年二月五日から同年五月二三日まで、川口市西川口所在の済生会川口総合病院において入院治療を受け、その後、同月二四日から平成三年六月二五日まで、上尾市西見塚所在の埼玉県障害者リハビリテーションセンターにおいて入院治療及び職業訓練を受けた。

3  責任原因―債務不履行責任(安全配慮義務違反)

(一) 原被告間の契約関係及び被告の安全配慮義務

原告と被告とは、本件事故の当時、雇用契約関係にあった。仮にそうでないとしても、原被告間の契約関係は、雇用契約と請負契約の混合契約関係又は雇用契約類似の労務提供契約関係であったというべきであり、原被告間には、本件事故の当時、使用従属関係があった。また、原被告間の契約関係が請負契約関係であったとしても、右関係は、被告において安全設備を備えた上で原告の労務提供を受けるというものである。

したがって、被告は、このような契約関係に付随する義務として、原告に対し、本件事故の当時、その生命、身体及び健康に危害が及ばないよう配慮すべき義務を負っていた。

(二) 被告の安全配慮義務違反

(1) 作業床その他墜落防止装置の設置義務違反

本件工事に係る家屋は、二階建であり、一階屋根の上でも高さは約三メートルあったから、被告は、このような箇所で原告を作業させるに当たり、労働安全衛生規則五一八条、五一九条の定めるところに従い、足場等の作業床、囲い等を設け、防網を張り、又は安全帯を原告に使用させなければならない義務があったにもかかわらず、これを怠り、本件事故の発生に至った。

(2) 作業中止命令義務違反

本件現場においては、平成二年二月初めに大雪が降って雪が残っており、足場がない状態で作業をすることは極めて危険であったから、被告は、原告に対し、本件現場における作業の中止を命ずべき義務があったにもかかわらず、これを怠り、本件事故の発生に至った。

(三) まとめ

よって、被告は、原告に対し、債務不履行(安全配慮義務違反)を理由として、原告が本件事故によって被った後記損害を賠償すべき責任を負う。

4  損害

(一) 治療費 合計三八三万三三七二円

(1) 済生会川口総合病院 三四八万四〇五四円

(2) 埼玉県障害者リハビリテーションセンター 三四万九三一八円

(二) 入院雑費 六一万二〇〇〇円

一二〇〇円(一日当たりの入院雑費)×一七か月(原告の入院期間)×三〇日=六一万二〇〇〇円

(三) 家屋改造費 三六万九七七〇円

原告は、車いす生活のため、居住家屋の改造に費用を要した。

(四) 自動車購入費 一五一万五〇〇〇円

原告は、車いす生活のため、日常の移動に車いすで運転可能な車両を購入し、その購入費一四五万円及び車いす用の改造費一六万五〇〇〇円の合計一六一万五〇〇〇円を要した。なお、八潮市から一〇万円の補助があったので、これを控除する。

(五) 後遺症による逸失利益 一億二〇一八万〇四九五円

原告は、本件事故の当時、三六歳の健康な男性で、本件事故の発生まで優秀な大工として平均月五三万二五四五円(平成元年二月から一二月までの収入合計五八五万八〇〇〇円を一一か月で除したもの)の収入を得ていたところ、本件事故のために労働能力を完全に喪失し、稼働して収入を得ることは一生涯にわたり不可能となった。そこで、中間利息を新ホフマン方式により控除して、原告の後遺症による逸失利益を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

53万2545円×12か月×18.806=1億2018万0495円

(六) 慰謝料 合計二七一八万円

(1) 傷害慰謝料 三一八万円

(2) 後遺症慰謝料 二四〇〇万円

原告は、極めて重度の後遺症を残す脊髄損傷患者であり、下半身の機能を全廃して、自力で立つことも歩くこともできず、その肉体的苦痛は、死亡した場合に勝るとも劣らない。さらに、原告には、ぼうこう、直腸障害もあり、薬を使用しないと、排せつも不可能な状態にある。これらの苦痛を慰謝するには、二四〇〇万円が相当である。

(七) 弁護士費用 二三〇五万三五九五円

原告は、原告代理人らに対し、本訴の提起・遂行を委任し、その着手金及び実費として一〇〇万円を支払い、かつ、報酬金として損害賠償額の一五パーセントの支払を約した。

一億五三六九万〇六三七円((一)から(六)までの損害額の合計)×一五パーセント=二三〇五万三五九五円

5  まとめ

よって、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求として、前記損害のうち一億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成四年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が平成二年二月五日に本件現場において一階の屋根部分から墜落したことは認め、その余は知らない。

2  請求原因2(一)のうち、原告が受傷したことは認め、その程度を含めその余は知らない。同(二)は知らない。

3  請求原因3は否認する。

4  請求原因4(五)は否認する。原告には相当の労働能力が存在し、通常人とほとんど変わらない収入を得ることも十分に可能である。同(六)は争う。同4のその余は知らない。

三  被告の主張

1  原被告間の契約関係及び被告の安全配慮義務

原告と被告とは、本件事故の当時、請負契約関係にあったとはいえず、被告が原告に対して安全配慮義務を負うような関係にはなかった。

2  安全配慮義務違反の不存在

仮に被告が原告に対して安全配慮義務を負うとしても、それは、被告が原告に対して支給した資材に瑕疵が存在し、又は被告の原告に対する個別具体的な指示に過失が存在するなど限定された事実関係の場合に限られると解すべきところ、本件において、そのような事実関係は存在せず、被告に安全配慮義務違反はない。なお、本件事故の当時、外回りの足場はまだ設置されていなかったが、これは大雪という不可抗力の自然現象が原因で設置が遅れたのであって、足場の未設置につき被告に責任はない。

四  抗弁

1  責めに帰すべからざる事由の存在

被告は、原告に対し、足場のない状態で、足場がなければ行うことができない作業又は危険な結果が生じる作業をするように命じたことはなく、本件事故の発生を予見することができなかった。

他方、原告は、足場が組み立てられるまで作業をしない自由があり、また、それまで作業を待つことで不利益が生じないにもかかわらず、足場が設置されていないことを承知の上で作業をした。

したがって、本件事故は、全面的に、原告の不注意に起因するものであって、被告が責任を負わなければならない理由は全くない。

2  原告の労働者災害補償保険への未加入

原告は、労働者災害補償保険法上、いわゆる「一人親方」として、労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)に加入することができ、そのことを十分知っており、加入手続が容易な労災保険に加入していれば、本件事故について相当の補償が受けられたのに、自らの判断と責任でこれに加入していなかった。労災保険への未加入は権利の放棄に等しく、これによって生じる不利益は、原告自身が負うのが法の公平の理念にかなうものであって、原告の本訴請求は、条理上失当である。

3  過失相殺

原告には、本件事故の発生について、次のような重大な過失がある。

(一) 原告は、被告の現場監督の作業中止の勧告を無視して、外回りの足場がないにもかかわらず、自己の判断で作業に着手し、そのために危険が現実化したものである。

(二) 原告は、本件事故の直前、破風板を垂木に打ち付ける作業に従事していたところ、大工としての経験上、破風板が完全に固定されていないことを認識することができたはずであるにもかかわらず、右破風板に漫然と足を乗せたことにより墜落したものである。

(三) 本件事故の当時、外回りの足場は設置されていなかったが、原告が作業をしていた一階の屋根部分については、脚立を用いることによって安全に作業することが可能であった。それにもかかわらず、原告は、脚立を準備・使用することなく漫然と屋根に上り墜落したものである。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

第三  証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1(事故の発生)について

1  請求原因1のうち、原告が平成二年二月五日本件現場において一階の屋根部分から墜落したことは、当事者間に争いがない。

2  争いのない右事実に、成立に争いのない甲第三(原本の存在とも)、第一四ないし第一六号証、乙第五ないし第九、第一二号証、第二一号証の一ないし三、第二五号証、証人梅沢秀雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第四、第一一号証、第二六号証の一ないし八、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一四号証の一、二、被告代表者尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第二、第一〇号証、弁論の全趣旨により原本の存在と成立が認められる甲第四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第一三号証の一、被告主張の対象物を撮影した写真であることに争いがなく、弁論の全趣旨により被告が平成五年四月二〇日に撮影したと認められる同号証の二ないし四、証人梅沢秀雄の証言により被告主張のとおりの写真であることが認められる乙第二六号証の一ないし八、証人梅沢秀雄の証言、原告本人、被告代表者の各尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  被告は、建築工事の請負等を目的とする株式会社であるところ、上村尚市(以下「上村」という。)から、平成元年七月三〇日、木造瓦葺二階建専用住宅の建築(従前の建物を取り壊して同一の敷地に新築する。以下「本件建築」という。)を、代金一八九五万二〇〇〇円(消費税相当額を含む。)、工期同年一一月吉日から平成二年四月末日までと定めて請け負った。

(二)  原告は、昭和二八年九月六日に出生し、中学校を卒業後直ちに大工見習となり、その後大工として稼働していたものであるが、平成元年一二月一〇日ころ、被告の依頼により、本件建築のうち木工事を報酬二四六万円の約束で施工することになった。

報酬の支払は出来高払であり、被告の現場監督が工事の進行状況を確認した上で支払われることとなっていた。そして、原告に対する注文書(被告の社内文書で原告には渡されていない。)においては、木工事の進行見込みに応じて、同月二八日に二〇万円、平成二年二月五日に四〇万円、同年三月五日及び四月五日に各六〇万円、同年五月二日に六六万円と分割して支払われる予定になっていた。

(三)  本件建築については、平成元年一一月九日に建築確認がされ、同年一二月三日に上村は仮住居に転居した。そして、同月八日から旧建物の解体工事が始まり、同月一六日には地鎮祭が施行された。

被告は、上村に対し、本件建築について、建築確認及び上村の転居が遅れたために完成引渡しが当初の計画よりも一か月遅れる(平成二年五月末日予定)ことを説明し、上村はこれを了承した。そして、被告は、本件建築の工程について、平成二年一月八日に基礎工事に着手し、同月二六日に上棟式を行った後、木工事に入ることを計画した。

(四)  原告は、本件建築の木工事に取り掛かるに当たり、被告の現場監督である梅沢秀雄(以下「梅沢」という。)から、その日程を告げられた。それによると、木工事の完成時期は、平成二年四月三〇日であった。

木工事の工程としては、上棟式の終了後、金物を締め、筋交いを入れ、間柱を立てて下地材を取り付けた上、屋根工事に入ることとなっていた。そして、屋根工事の工程については、原告は、垂木を打った後、破風板及び野地板を順次打っていくこととしており、また、二階建の建物においては、先に二階の屋根部分から取り掛かることとしていた。原告と梅沢は、以上の工程について確認をしていた。

本件建築における外回りの足場の組立ては、原告ではなく、別の業者の担当であった。被告においては、二階建建物の建築の場合、二階の屋根工事が終了してから外回りの足場を設置することがあったが、その際、外回りの足場が組み立てられる前に、防網(安全ネット)などを設置するようなことはしていなかった。

原告は、梅沢から、屋根工事を始める前に、本件建築における外回りの足場について、屋根部分に垂木が打たれて軒先の位置が決まってからこれを設置する予定であり、その予定日は同年二月一日である旨告げられていた。

(五)  上棟式は、計画どおり平成二年一月二六日に行われた。原告は、このとき既に材料の加工を終えていた。

原告は、上棟式の終了後、金物を締め、筋交いを入れ、間柱を立てて下地材を取り付ける作業を終了し、さらに、外回りの足場の組立て前ではあったが、同月三一日の時点で、既に二階の屋根工事をおおむね終了し、一階の屋根工事にも着手した上、垂木を打ち終わっており、軒先の位置は決まっていた。

(六)  平成二年一月三一日から大雪が降り始め、同年二月一日には、埼玉県内のほぼ全域で積雪約二〇センチメートルを記録した。これは、昭和四四年以来二一年ぶりの大雪であった。この大雪のため、外回りの足場は、同日、組み立てられなった。雪は、同月二日には降りやんだが、本件現場は積雪がひどく作業は不可能であった。積雪は、同月三日にはとけ始めたが、同月四日の段階で屋根などにはまだ雪が残っていた。なお、同月四日は日曜日であり、足場の組立て業者は作業を行わない日であった。

(七)  原告は、平成二年二月三日ころ、本件現場に来た梅沢に対し、外回りの足場の設置を催促した。梅沢は、この日初めて、原告が既に二階の屋根工事をおおむね終了していることを知った。

原告は、同月五日朝、本件現場に赴くと、まだ外回りの足場の設置がされていなかったことから、梅沢に対し、同日午前九時ころ、電話で苦情を述べた。梅沢は、同日は朝からみぞれまじりの雨が降っていたこともあって、原告に対し、同日も足場の設置がされる見込みのない旨答えた。それに対し、原告は、晴れ間を見て作業する旨告げた。梅沢は、原告に対し、帰った方がよいとは言ったが、それ以上に強く作業を制止しなかった。

(八)  原告は、同日午前一一時三〇分から四五分までのころ、本件現場において、一階の屋根部分の垂木(けたに四五センチメートル間隔で打ち付けられていた。)の先端部にくぎで破風板を取り付ける作業を始めた。その際、外回りの足場が設置されていなかった(なお、外回りの足場に代わる防網や安全帯も、設置ないし準備されていなかった。)ことから、地上約三メートルの一階の屋根部分に上がり、片足はけたに、もう一方の足は垂木にそれぞれ乗せた(野地板は、まだ張られていなかった。)上、前かがみの姿勢で垂木の先端部(けたよりも約四五センチメートル突き出ていた。)をのぞき込みつつ、長さ約三メートル六〇センチメートル、幅約二一センチメートルの板である破風板を片手で持ちながら、くぎで垂木に破風板を打ち付けることとなった。その際、垂木やけたはまだ濡れていた。

原告は、まず、破風板の中央部分を垂木にくぎで打ち付け、次に、隣の垂木にもくぎで打ち付け、更に三本目の垂木にくぎで打ち付けようとして破風板に片足をかけた瞬間、くぎが抜けたため、姿勢を崩して地面に墜落した。

(九)  一階の屋根部分の垂木に破風板を打ち付ける作業は、外回りの足場がある場合には、足場に乗って下方から上方に向かう姿勢で行うことが可能であった。もっとも、外回りの足場がない場合においても、脚立を使用することにより、屋根の上に上がって前かがみの姿勢にならなくても、一階の屋根部分の垂木に破風板を打ち付けることが可能ではあり、脚立は、大工であれば通常携行している道具であった。

なお、足場が実際に組み立てられたのは、平成二年二月一〇日であり、また、本件工事が完了して上村に引き渡されたのは、同月六月一五日であった。引渡しは、変更後の予定よりもさらに約二週間遅れることとなったが、上村は、被告に対し、特に苦情を述べるなどしたことはなかった。

二  請求原因2(事故の結果)について

請求原因2(一)(傷害、後遺障害)のうち原告が本件事故により受傷したことは、当事者間に争いがなく、同(一)のその余の事実及び同(二)(治療の経過)の事実は、前掲甲第一四号証、原本の存在と成立に争いのない甲第六号証、弁論の全趣旨により原本の存在と成立が認められる甲第一、第二号証により認められる。

三  請求原因3(責任原因)並びに抗弁1(責めに帰すべからざる事由の存在)及び2(原告の労災保険への未加入)について

1  請求原因3(一)(原被告間の契約関係及び被告の安全配慮義務)について

(一)  前掲甲第一四号証、成立に争いのない甲第一一、第一二(原本の存在とも)号証、乙第一五ないし第一七、第二〇号証、証人梅沢秀雄の証言、原告本人、被告代表者の各尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、注文住宅及び分譲住宅の建築及び販売を業として、埼玉県南地域を中心に営業していた。平成二年当時、従業員は約四〇名、年間売上高は五〇億ないし五五億円であり、年間二四〇ないし二五〇棟の木造住宅を建築していた。

被告は、一棟の木造住宅の建築について、被告のみで工事を完成させることはなく、必要な各種工事を他の業者に注文しており、少なくとも二〇を超える業者が工事に関与していた。そして、木工事に携わる従業員は、補修工事等のサービス業務に従事するものを除くと、被告には存在しなかった。

(2) 原告は、昭和五四年ころから、被告が請け負った木造建築工事のうちの木工事に従事するようになった。

原告は、店舗も工場もない大工であって、いわゆる「一人親方」と呼ばれており、従業員はなかった。

原告は、被告から、年間三ないし五棟の木工事の注文を受けてこれに従事し、他の業者の注文に応じることはなかった。また、被告の注文に応じた木工事を他の業者に発注することもなかった。ただし、原告は、被告の注文に応じない自由もあり、現に、工事現場が遠距離であることから注文に応じなかったこともある。

(3) 原告は、被告から、現に行っている木工事が終了する一か月前から直前までの間に、次の木工事について、立面図、平面図、仕様書等の書類を交付されるとともに、着工及び完成の各時期を口頭で指定されていた。

そして、原告は、構造図を作成し、被告から、必要な材料(原告に交付される仕様書に記載されているものであって、原告が材質、等級等を選択することはできなかった。)を提供され、被告の作業所において、同所に備付けの機械を用いて加工(刻み)をしていた。

加工の終了した材料は、材料を被告に納入した材木業者が工事現場に搬入していた。現場における材料の管理は、被告が行っていた。

原告は、通常、上棟式の終了後、木工事に取り掛かっていた。なお、工事現場の近隣住民に対する配慮等もあって、被告から、現場における作業時間は午前八時から午後六時までの間と定められ、日曜日及び祭日における作業は原則として禁止されていた。

原告は、通常使用する簡単な道具(のこぎり、丸のこ、かなづちなど)は持っていたが、作業に必要なくぎその他の金物類については、被告から提供されていた。また、作業のための足場その他安全設備の設置については、被告が手配をしていた。

工事の進行や安全の管理については、被告が現場監督を派遣しており、現場監督は、おおむね二、三日に一度の割合で現場を訪れ、原告に対し、工事の進行等につき指示をしていた。

(4) 報酬の支払については、建物の種類、工事の難易度等を考慮して坪単位で決定されていた。原告は、被告に対し、毎月二五日に報酬の支払を請求し、被告は、工事の進行状況を確認の上、原告に対し、請求のあった月の翌月の五日に報酬の支払をしていた。

原告は、被告から、賞与の支給を受けたことがなく、また、所得の申告については、独自にいわゆる白色申告をしていた。

(5) 被告は、原告を含む協力業者(納入業者、大工等)との間の親ぼくを図るとともに、事故防止等を目的として、昭和五九年ころ、被告及び協力業者を会員とする藤和会(権利能力なき社団)を設立していた。藤和会は、安全教育、災害補償などを主たる活動内容としており、毎年、労働災害の防止のための大会を開き、労働基準監督署係官のあいさつや保険会社社員による講演等を実施するなどして、協力業者に対し、安全教育を施していた。原告も、原則として、毎年、右安全大会に出席していた。なお、藤和会は、その会員で希望する業者のために、保険会社との間で、災害補償保険契約を締結していた。

(二)  (一)に認定した事実関係を総合すると、原被告間の契約関係は、典型的な雇用契約関係であったとは到底認め難く、また、典型的な請負契約関係であったともいえないが、請負契約の色彩の強い契約関係であったとみるべきところ、それにもかかわらず、原被告間には、実質的な使用従属関係があったというべきであるから、被告は、本件事故の当時、原告に対し、使用者と同様の安全配慮義務(労働者が労務を提供する過程において生じる危険を防止し、労働者の生命、身体、健康等を害しないよう配慮すべき義務)を負っていたと解するのが相当である。

2  請求原因3(二)(被告の安全配慮義務違反)について

(一) 前示一2の事実関係によると、被告は、原告を高さ約三メートル以上の高所において木工事の作業に従事させており、原告が右高所から墜落する危険のあることは容易に予見することができたものと認められるから、本件事故の当時、前示安全配慮義務の履行として、外回りの足場、防網などの墜落を防止するための設備を本件現場に設置する(労働安全衛生規則五一八条、五一九条参照)とともに、右設備が設置されていない場合には、原告に対し、高所における作業に従事することを禁止するなど墜落による危険を防止するための措置を講ずべき義務があったものというべきである。

ところで、前示のとおり、被告の現場監督の梅沢は、原告との間で、木工事の工程について確認をしていたこと、梅沢は、平成二年二月三日ころ、原告が既に二階の屋根工事をおおむね終了していることを知ったこと、原告は、梅沢に対し、同月五日朝、外回りの足場のないまま、晴れ間を見て作業に従事することを告げたことが認められ、右各事実によると、被告は、同日、原告が外回りの足場が設置されていない状況の下で一階の屋根工事に従事することを十分予見することができたというべきである。

しかるに、被告は、原告に対し、右足場その他の墜落を防止するための設備のないまま高所における作業に従事することを禁止することなく、原告が地上約三メートルの高所において作業に従事することを漫然と黙認したものであって、その安全配慮義務違反は明らかであるといわざるを得ない。

(二) なお、被告は、前示のとおり、原告を含む協力業者に対する安全教育についてそれなりの配慮をしていたことが認められるものの、前示事実関係の下では、右程度の配慮をしたことをもって安全配慮義務を尽くしたとは到底認めることができないのであって、右事実は、(一)の認定を妨げるものではない。

また、前示のとおり、外回りの足場がない場合、脚立(大工であれば通常携行している道具)を使用することにより、屋根の上に上がって前かがみの姿勢にならなくても、一階の屋根部分の垂木に破風板を打ち付けることが可能ではあったことが認められるが、他方、証人梅沢の証言によると、このような脚立を使用する作業方法は、通常採用されているものではないこともうかがわれるのであって、この点に照らして考えると、右事実は、(一)の認定を妨げるものではないというべきである。

3  抗弁1(責めに帰すべからざる事由の存在)について

被告は、原告に対し、足場のない状態で、危険な作業等をするように命じたことはなく、本件事故の発生を予見することができなかったし、他方、原告は、足場が組み立てられるまで作業を待つことで不利益が生じないにもかかわらず、作業をしたなどとして、本件事故は、全面的に原告の不注意に起因するものであって、被告が責任を負わなければならない理由は全くないと主張する。

しかしながら、前示のとおり、被告は、本件事故の当日、原告が足場のない状態で作業に従事することを十分に予見することができたのであり、また、被告代表者尋問の結果中には、原告に対する報酬の支払方法が出来高払であることから、工事が速やかに進行した方が原告の利益になるとの趣旨の供述部分があり、原告本人も同旨を供述していることをも併せ考えると、被告の右主張は、理由がないというべきである。

4  抗弁2(原告の労災保険への未加入)について

被告は、原告が加入手続の容易な労災保険に加入していれば、本件事故について相当の補償が受けられたのに、自らの判断と責任でこれに加入していなかったのであるから、労災保険への未加入は権利の放棄に等しく、これによって生じる不利益は、原告自身が負うのが法の公平の理念にかなうものであって、原告の本訴請求は条理上失当である旨主張し、成立に争いのない乙第二三号証、原告本人、被告代表者の各尋問の結果によると、原告は、労災保険に、いったん昭和五五年二月に特別加入の手続をして加入したが、間もなく脱退し、本件事故の当時には加入していなかったことが認められる。

しかしながら、原告が労災保険に加入していれば本件事故について相当の補償が受けられたとしても、原告が本件事故の当時に労災保険に加入していなかった事実をもって、労災保険上の権利ないし本件損害賠償請求権の放棄と同視することは困難であり、原告の本訴請求を条理上失当とすべき事情に当たるとは到底認め難く、被告の右主張は理由がないといわざるを得ない。

四  請求原因4(損害)及び抗弁3(過失相殺)について

1  原告の損害その一 合計一億五一〇八万〇四七九円

(一)  治療費 三八三万三三七二円

前示請求原因2(二)(治療の経過)のとおり、原告は、前示傷害等のため、平成二年二月五日から同年五月二三日まで、川口市西川口所在の済生会川口総合病院において入院治療を受け、その後、同月二四日から平成三年六月二五日まで、上尾市西見塚所在の埼玉県障害者リハビリテーションセンターにおいて入院治療等を受けたことが認められるところ、成立に争いのない甲第九号証の一ないし一五、第一〇号証の一、二、第一九号証の一、二(原本の存在とも)によると、原告は、治療費として済生会川口総合病院に対し三四八万四〇五四円、埼玉県障害者リハビリテーションセンターに対し三四万九三一八円、合計三八三万三三七二円を支払ったことが認められる。

(二)  入院雑費 六〇万七二〇〇円

前示のとおり、原告は、平成二年二月五日から平成三年六月二五日までの合計五〇六日間入院治療等を受けたことが認められるところ、入院雑費は、一日当たり一二〇〇円と認めるのが相当であるから、本件事故と相当因果関係のある損害と認められる入院雑費を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

一二〇〇円x五〇六日間=六〇万七二〇〇円

(三)  家屋改造費 三六万九七七〇円

前示請求原因2(一)(傷害、後遺障害)のとおり、原告は、本件事故により、両下肢まひ、知覚脱失の後遺障害を負ったことが認められるところ、前掲甲第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第七号証の一、二、原告本人尋問の結果によると、原告は、右後遺障害により、日常生活において車いすによる移動を余儀なくされるに至り、そのために居住家屋を改造する必要があり、その費用として三六万九七七〇円を支出したことが認められ、右支出は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(四)  自動車購入費 一三五万円

前掲甲第一四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第八号証の一ないし三、原告本人尋問の結果によると、原告は、車いすによる移動のため乗用車を購入し、これを車いす用に改造する費用を含めて代金一四五万円を支出したこと、八潮市から右車両の改造費について補助金一〇万円の給付を受けたことが認められ、原告が支出した一四五万円から右補助金一〇万円を控除した一三五万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

(五)  後遺障害による逸失利益一億一七七二万〇一三七円

前示後遺障害によると、原告は、労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認めるのが相当であり、また、前示のとおり、原告は、本件事故の当時、満三六歳であったから、本件事故がなければ、六七歳までの三一年間稼働して相当の収入を得ることができたと認めるのが相当である。

そして、前掲甲第一一号証、原告本人、被告代表者の各尋問の結果によると、原告は、被告から、本件事故の前年である平成元年二月から一二月までの間に、報酬として合計五八五万八〇〇〇円(一か月平均五三万二五四五円)の支払を受けていたことが認められる。

そこで、原告の本件事故当時の月収五三万二五四五円を基礎とし、新ホフマン方式により中間利息を控除して、原告の逸失利益を算定すると、次の計算式のとおりとなる。

53万2545円×12か月×18.421(31年の新ホフマン係数)=1億1772万0137円

(六)  慰謝料 計二七二〇万円

(1) 傷害慰謝料 三二〇万円

前示原告の受傷の部位、程度、入院経過その他諸般の事情を考慮すると、原告の傷害についての慰謝料は、三二〇万円が相当である。

(2) 後遺障害慰謝料 二四〇〇万円

前示後遺障害の内容、これに伴う日常生活への影響等を考慮すると、原告の後遺障害についての慰謝料は、二四〇〇万円が相当である。

(七)  合計

以上の(一)ないし(六)を合計すると、一億五一〇八万〇四七九円となる。

2  過失相殺について

(一)  前示のとおり、原告は、本件事故の当時、約二〇年の経験を有する大工であったこと、一階の屋根部分は、垂木やけたが濡れているなど足もとが滑りやすい状況にあったこと、垂木に破風板を打ち付ける作業に従事する際、外回りの足場がない場合には、極めて不安定な姿勢になることを余儀なくされること、本件建築の進行状況は、外回りの足場の設置に至るまでは格別遅延しておらず、降雪さえなければ予定どおり足場を設置することができたこと(なお、原告本人尋問の結果中には、本件建築の進行が二週間程度遅延していたとの供述部分があるが、前掲乙第一一号証及び証人梅沢の反対趣旨の証言に照らしてにわかに信用することができない。)が認められ、右各事実によると、原告は、本件事故の当時、前示の態様で右作業に従事することが極めて危険であることを十分に認識しており、また、外回りの足場がないまま右作業に従事する必要はなかったものと考えられるから、外回りの足場その他墜落を防止するための設備が設置されるまで右作業に従事するのを控えるべきであったというべきである。

しかるに、原告は、右危険はないものと軽信し、必要もないのに漫然と右作業に従事した過失により本件事故に至ったものというべきであって、その過失割合は、八割とするのが相当である。

(二)  右過失相殺後の原告の損害額は、三〇二一万六〇九五円となる。

3  原告の損害その二―弁護士費用 三〇〇万円

弁論の全趣旨によると、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約束しているものと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告が被告に対し本件事故による損害として賠償を求めることができる弁護士費用相当額は、三〇〇万円が相当である。

五  結論

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求として、三三二一万六〇九五円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成四年一二月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河本誠之 裁判官梅津和宏 裁判官小林邦夫)

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